2008年09月29日

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート 著者/コリン ジョイス 翻訳/谷岡 健彦

昨日の続き

【ビールとサッカー】

『日本の「失われなかった」十年』

世間の常識では、日本はかれこれ、ざっと十五年間も不景気の泥沼に足を取られていることになっており、「失われた十年」という言い方(不景気が長引くにつれ、ますます不正確な呼び名になっているが)がされている。

(中略) しかし、ぼくは個人的には同じ時期を日本の黄金時代と見なしている。

(中略)  イギリス人にとって人生の最大の楽しみのひとつは新しいビールを味わうことである。そして、最大の心配事といえば、ビールが不味い国に住む羽目になりはしないかということだ。だから、ぼくが1992年に初めて日本に来たとき、ぼくの心の中には期待と不安が混じりあっていた。 第一印象は悪くなかった。エキゾチックな響きがする名前に興味を覚えたし、見慣れない神々や想像上の獣をあしらったラベルのユニークなデザインも気に入った。とくに季節限定ビールの色美しい紅葉のラベルには目を奪われた。そして、最初に飲んだビール(たまたまキリンだった)もなかなかイケた。疑いなく、すっきりした上質のラガーだ。 しかし、密月は長くは続かなかった。ぼくの頭にいろいろと疑問がよぎり始めたのである。なぜ、どのビールも値段が同じなのだろう? どうして、どれも計ったように同じアルコール度数なのだろう? 居酒屋のメニューには何百種ものおつまみがあり、何十種もの日本酒が載っているのに、ビールがたった一種類しかないのはどうしてなのだろう? なかでも最大の疑問は、どうしてどれも似た味がするのかということだった。 いったいどれだけの人が、ラベルを見ないでサントリーとサッポロを正しく飲み分けられるだろう? ビターやエール、スタウト、ラガーといった多様なビールの味に慣れた舌にとって、サントリーとサッポロの違いを云々するというのは、オーシャン・グレイのペンキとミリタリー・グレイのペンキを区別するようなものだ。

(中略) ビールはその生産国を反映するというのがぼくの持論である。オーストラリアの暑さは、喉の渇きを癒すことに主眼をおいた薄味のビールを生み、酷寒のベルギーの修道院ではアルコール度数の高い、込み入った味わいのビールが醸造される。一般化が過ぎるかもしれないが、ぼくは日本は感覚が麻痺するほど画一化されてしまっている国だと思った。国じゅうのあらゆる人々が、均一化された同じ製品を受け入れることわ余儀無くされ、いくらお金を出しても違ったものは手に入らない。個人的な好みを主張するのは性格に問題があると見なされる。これだけでも日本の政治や社会の仕組みが見えてこようというものだ。新規参入を阻止することを意図して作られた法律で大企業はがりが手厚く保護されているとぼくは考えたのである。 それでも、ぼくは何とかやっていくことができた。日本のビールは総じて悪くなかったからである。しかし、シチュエーションやおつまみが変われば、違ったビールも必要だ。 偉大なビール評論家マイケル・ジャクソン(いやいや、あのマイケル・ジャクソンではない。このマイケルは顎ひげをたくわえた五十代のイギリス人である)は、次のように記している。 「無人島に島流しにされたとしよう。暑いひ日に喉の渇きを抑えるには、私ならバイエルンの小麦ビールを選ぶ。釣った魚と一緒に飲むのはボヘミア産のラガー、バーベキューの肉にはイギリスのエール。酔って現実逃避したいてきには大麦ワイン」 ぼくが調べたところによれば、かつては日本にも多くの小さな醸造所があったようである。今日でもカブトビールやサクラビール、スプリングバレー・ブルワリーといった名前をときどき耳にすることがあるだろう。また、「武蔵野の北葛飾」で作られていたマルコビールや大阪のクジャクビールのように、ほぼ完全に忘れ去られた銘柄もある。

(中略) しかし、ビールをめぐる状況は大きく変わった。規制緩和によって、マイケル・ジャクソンの言葉を借りれば、「日本におけるビール革命」が幕を開けたのである。彼は、1990年代の半ばに日本で何百もの小さな醸造所がオープンしたことを高く評価している。ヨーロッパでは同じ頃、すでに減りつつあった独立した小さな醸造元を大企業が買収することが進行していたのだから。ジャクソンはまた、ぺーるエールのようなイギリスの伝統的なビールを作ろうとする日本の醸造所の勇気にも賞賛を送っていた。 こうした醸造所の中でもとりわけ目を引くのは、横浜ビールと川越の小江戸ビールであろう。どちらの醸造所も、伝統的なビールからオリジナル・ビールまで感心するほど幅広い種類のビールを作っており、かつ適正な価格設定をしている。定価をもっと高くしたいところだろうが、そうしていたら、お土産や特別な日に飲むビールとしてしか飲まれなくなっていたことだろう。 「驛(うまや)の食卓」のような優れたビア・レストランでは、ホップが発酵する香りを楽しみながら、横浜ビールを全種類、味わうことができる。また「チムニー」という東京の居酒屋チェーンでは、手頃な値段でプレミアム・ビールが楽しめる。こうした動きに押されて、大手ビール会社も、より実験的な銘柄をライン・ナップに加えざるをえなくなってきているのだ。 このようにわずか数年のうちに、まったく新しいビール文化を生み出した国に関して、ぼくが悲観的になれないのは当然だろう。百万本単位で売れるビールを生産している大手会社に対してひるむことなく、その市場の一部を奪ってやろうとし始めた人々をぼくは心から尊敬する。そうしたビールに口をつけるたびに、ぼくは真の創造性と品のよい味、そして日本人の豊かな多様性を舌に感じることができるのである。(後半略:P82〜P93)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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