2008年09月27日

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート 著者/コリン ジョイス 翻訳/谷岡 健彦

昨日の続き

【行儀作法】

『英国紳士とジャパニーズ・ジェントルマン』

日本の多くの人たちにとって、典型的な「ジェントルマン」のイメージは次のようなものだろう。 イギリス人で、スーツを着込み、大抵傘を手にしている。ロンドンの弁護士事務所に勤めていて、道楽半分で株に少し手を染めているかもしれない。そして、ジェイムズ・ボンドのように、背が高くてハンサムで、酒の趣味が洗練されていて……。こんな人物が頭に浮かぶのではないだろうか? 実を言うと、ぼくは完璧なジェントルマンに会ったことがある。ぼくの家の近所で、ネジを専門に扱うちいさ店を経営している地味な中年の日本人男性こそ、その人だ。初めて彼に会ったとき、彼が見せてくれた物腰の丁寧さときたら、ぼくの頭に、ふつうアイス・スケートの選手を褒めるときに使う言葉が浮かんできたほどだ。 「優雅で、無理をしている素振りすら見せない」  この完璧なマナーの人に出会ったのは、ぼくが自転車に乗っているとき、サドルを固定しているボルトが真っ二つに折れてしまったことがきっかけだ。自分で修理しようと日曜大工の店を一時間ばかり見て回ったが部品が見当たらず、自転車店に修理してもらいに行っても、そこにもぴったりの大きさのボルトはなかった。 結局、ぼくはふたつに折れた大きな分厚いボルトを手に持って、すがるような顔つきでジェントルマン氏(と呼ぶことにしよう)の店を訪ねることになったのである。イギリスでなら、ぼくは次のような言葉が返ってくるのを覚悟しなければならないところだ。 「おいおい、いったい、どうしたって言うんだい? デイブ、ちょっと、こっちに来て、このドジがしでかしたことを見てみな」。そして、最後にはこうだ。「悪いな、ウチじゃ、ボルトのバラ売りはしてないんだ」  ところが、この日本人のジェントルマン氏はボルトに目をやり、次にぼくを見て、この上もない言葉を返してくれた。 「ケガ、なかった?」。 見知らぬ人からかけてもらった、たったふたつの単語のおかげで、一日の気分はすっかり変わってしまうというのは不思議だ。実際のところ、ぼくにケガはなかった。しかし、夜遅くに自転車から転げ落ちたうえ、ボルトが折れてしまったことに困惑して、精神的にはかなり参っていたのである。こんなときに、ちょっとした思いやりで気分をぐっと楽にさせてくれる人と出会ったのだ。 ぼくの手元には乗れなくなった自転車があった。ぼくは、困っている人に進んで手を差し伸べることこそが何よりも礼節の証だと思う。ジェントルマン氏はぼくにただボルトを一本売って、ぼくを店から帰してもよかったはずだ。しかし、彼はぼくと一緒にサドルの修理に取り掛かってくれたのである。

(中略) もう読者のみなさんは、自転車の修理が終わった後、何が起きたかはだいたい想像がつくだろう。ぼくは日本に長く住んでいるが、これにはいまだに驚かされる。ジェントルマン氏は、たいしたことをしたわけじゃないからと言って、一切お金を受け取ろうとはせず、それどころか、「ボルトが緩むといけないから持っていきなさい」と、ぼくに六角レンチまで渡してくれたのである。 確かに、ボルトもレンチもそんなに高価なものではないだろう。ジェントルマン氏は結局、ずっと店の中にいたわけだから、ぼくは別段彼の仕事を大きく邪魔したわけではないとも言える。しかし、ぼくはそうは考えない。自分の専門知識をただで提供する弁護士などいるだろうか。ジェントルマン氏はその道の専門家で、ぼくはひとりでは自転車を修理できなかったのだ。彼はぼくに代金を請求してくれてもよかったし、ぼくはそれを支払うのをまったく当然のことと考えただろう。 何しろ、彼はぼくの自転車をまた乗れるようにしてくれたのだ。 ジェントルマン氏は、ぼくが翌週、お返しにネジの大口の注文書を持って店にやってくるなんてことは、まずあり得ないとわかっていたはずだ。彼がぼくを手助けしてくれたのは、彼がジェントルマンだからという、このうえなく気高い理由からにほかならない。 (後半略:P66〜P71)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。