2008年09月26日

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート 著者/コリン ジョイス 翻訳/谷岡 健彦

昨日の続き

【おもしろい日本語】

『イライラ、しくしく、ずんぐりむっくり』

(前半略) まず、日本語には気の利いた諺が幾つもある。なかでも、「猿も木から落ちる」は日本語学習者なら誰でも早い段階で学ぶ諺だし、おそらく最も優れた言い回しだろう。初学者でもわかる簡単な単語を用いながら、それを繋げた文全体は、人間には誤りがつきものであることを力強く、かつユーモラスに伝えている。この諺と比べれば、英語の“Nobody is perfect.”(完璧な人はいない)などその足元にもおよばない。 「猫に小判」という諺を聞いて、ぼくが感じるのと同じくらいの面白味を感じる日本人はいるだろうか。この諺を耳にするたびに、ぼくは子供の頃に飼っていたギマリーという名の猫を思い出す。この猫はよく(おそらく、どの猫も同じだろうが)まったく関心がありませんとでも言いたげな表情を浮かべていたものだ。それにしても、なんと無駄がなく要領を得た言い回しだろう。わずか単語三つで、このうえなく明快に意味を伝えている。 まだ辞書には載っていないが、最近、耳にしたフレーズがある。複雑な経緯を持っているが、まぎれもなく独創的な表現で、ぼくはこれについて記事を書こうとさえ思ったのだが、あいにく知り合いのイギリス人記者に先を越されてしまった。「全米が泣いた」という言い方である。どうやら、ある商品やサービスに対してさっぱり関心を持てないときに、皮肉を込めて用いられるらしい。ここにはちょっと入り組んだロジックが働いている。アメリカ産のレベルの低い映画の宣伝文句として、「全米が泣いた」という陳腐な言い回しがあまりに頻繁に用いられたために、期待外れのもの、過大評価されているもの、単にくだらないものに対しても使われるようになったのだ。この独創的な表現は、日本人についてふたつの大きな誤解を吹き飛ばしてくれる。日本人はユーモアに欠けているわけではないし、アメリカのものなら何でもありがたがるわけでもない。

(中略) さらに、日本語には面白く聞こえてしかたがない単語もある。もちろん、面白がって聞いているのはぼくだけかもしれない。ぼくにとって、初めは只の音の連続に過ぎなかったものも、日本人のみなさんにとっては意味を持った言葉だからだ。それでも、ずんぐりむっくり」という単語は、世界の数多くの言語の中でも最もコミカルな音の配列のひとつに数えられるのではないだろうか。 また日本語には数々の魅力的な擬声語や擬態語がある。日本語学習者向けに書かれた本の中には、一冊丸々、擬声語と擬態語を扱ったものもあるし、この分野の日本語の語彙の豊かさを楽しむウェブサイトも数多い。

(中略) 「イライラ」の意味を理解するのにも時間はかからなかった。駅の人込みを押し分けるようにして進むぼくを見た人が、いまのぼくの気持ちにぴったりな言葉があると教えてくれたからだ。

(中略) 擬声語や擬態語は、日本人の素晴らしい共有財産であり、一種の「国宝」と言ってもよいだろう。適切に用いれば、会話がぐっと変化に富んで明瞭になり、ユーモアを添えることができる。泣く様子を形容する「しくしく」はぼくがいちばん好きな擬態語だ。ぼくの友人は拍手の音の「パチパチ」を実に巧みに用いる。

(中略) さて、もう10年も日本語を勉強してきたのだから、ぼくのお気に入り日本語表現ベストスリーなるものを挙げても許してもらえることだろう。 まず第三位は「勝負パンツ」。この言い回しを聞いて、感心しなかったイギリス人の友人は一人もいない。大事なデートの前に着ける下着を指す言葉に関して、日本語ほど正直な言語は他にあるだろうか? 『ブリジット・ジョーンズの日記』があれほどヒット作となったのは、何百万もの独身女性が 「こんなふうに思っているのは自分だけかしら」 と思っていることを率直に表に出したからである。重要な局面を前にして前にしてブリジットが下着を穿き替える場面もそのひとつだ。この場面を見て、多くの女性は(そして、少なからぬ男性も)心の中で 「他の人もやってるんだ?」 と思ったことだろう。 もし、日本語を知っていたなら、彼らはこれが社会に広く行きわたった慣習だともっと早く理解できていただろうが。 第二位は「上目遣い」。 日本に来てまもなく、女性の中には、何か頼みごとをするときに、まるで子供のように哀れっぽい訴えかけるような目つきでぼくを見上げるというトリックを使う人がいることに気づいた。その後、何年も何年もふざけてそうした女性の真似をしているうち、ある日、誰かがそうした目つきを指す言葉があると教えてくれた。この目つきを指す言葉が存在するとは!日本語はすごい。 しかし、何といってもベストワンは「おニュー」だ。この言葉を初めて聞いたとき、ぼくは声を出して笑い、その日一日、この言葉について考えをめぐらせたものだ。英単語と日本語の丁寧語を掛け合わせるなんて! この言葉は初めて何かを使うときに感じる束の間の幸福感を見事にとらえているし、そこにはユーモアとアイロニーが同時に含まれている。しかも、短い英単語の前にたった一文字付け加えるだけで、それだけのニュアンスを伝えているのだ。 この言い回しを英語に翻訳するアダプターが耳についていなかったことにぼくは感謝している。(P36〜P45)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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