2008年09月24日

「ニッポン社会」入門―英国人記者の抱腹レポート 著者/コリン ジョイス 翻訳/谷岡 健彦

《1992年、ある一人のイギリス人の青年が日本の土を踏んだ。 神戸で日本語を学びはじめたそのイギ
リス青年は、しかし日本語の授業に悪戦苦闘。 しかしそんなことでギブアップすることはオックスフォード大学出身のプライドが許さないのか、或いは強情なジョン・ブルの典型か、「自分にも日本語が習得できることを周囲に証明してやる!」と決意し、それがコリン・ジョイス氏の今日までの10数年に及ぶ滞日人生の、そして日本社会の有り様を母国イギリスへ発信するジャーナリストとしての出発点となった。 プールを利用する日本人の様子に、規則正しさと清潔と我慢強さという日本人の国民性を見つけ出し、また自らが悪戦苦闘した日本語でありながら、いざ習得してみれば意外なほどの巧みな言い回しや、ユーモラスなフレーズ、気の利いた諺等を見つけ出したり、日本の銭湯の魅力の虜になってしまい、銭湯マップをお宝に、今や東京都内の銭湯が激減することを嘆きつつ、自身はもちろん、イギリスから来日した友人に銭湯の素晴らしさを勧める銭湯オタクっぷりを発揮したり……、ニューズウィーク日本版の、英国紙デイリー・テレグラフの記者として、そして現在フリージャーナリストとして日本を見つめ続けてきた英国人が綴った日本案内です》

外国人の眼に映った、日本人自身が気づいていない日本の姿に皆さん興味はありますか?

私は、中学・高校生の頃に、日本駐在フランス人貿易商のポール・ボネ氏が著した『不思議の国ニッポン〜在日フランス人の眼』シリーズを愛読していたことは、今まで何度も書きましたが、それが私にとって「外国人の眼には日本はどのように映っているのか?」ということや、日本人である自分には気づかない日本人の姿というものに興味を抱いたきっかけでした。

その後、色々と外国人の眼に映った日本人レポートや、外国人の日本体験記や、あるいは日本に留学中の外国人が日本語で日本についての自分の論を発表する弁論大会の内容をまとめた本や、日本と外国を比較する本の類いを読みだしました。

ある本は眉をひそめたくなったり、又は腹を抱えて大笑いしたくなるようなとんでもない勘違いが書きつらねてあったり、外国の教科書に載った日本についてまとめた本なんかを読んだ時は「なぜこうなる?」「これ何処の国? えっ、日本?! こんな日本何処にあるの?」「俺は知らんぞ、こんな日本なんて!」というトンデモ内容のオンパレードだったりでしたが、まあそれは極端な例として。

ある本は、「ふーん、なるほどねぇ〜、そういう見方もあるのか……」「ああ、そうか言われてみれば……」というようなものとか色々ありましたが。

他にも、これまでケント某だのデイブ某だのダニエル某だのといった外タレのエッセイから学者やジャーナリストはもちろん、無名の留学生の手記まで様々な日本体験記を読んできましたね。

さて、外国人が書いた日本人についてですが、古くは中世イタリアの商人マルコ・ポーロの『東方見聞録』が日本を初めて西洋社会に紹介した書物として有名ですよね。

私が少年時代に愛読していた『不思議の国ニッポン』のポール・ボネ氏も、出版社の宣伝文句には「現代のマルコ・ポーロ」と謳われていましたし。

ただし、マルコ・ポーロは実際には日本に来ず、伝聞を纏めた聞き書きだったようですが。実際に来日して日本社会や日本人の生活を直に見て評価し、記録し、西洋に伝えたのは多分、戦国時代に来日したスペインやポルトガルの宣教師たちが最初でしょうね。

ルイス・フロイスなんかが有名ですか。

その後、時代は下って江戸時代後期のドイツ人医者のシーボルトや、明治時代に日本の東北地方や北海道を旅行し、『日本奥地紀行』を著したイギリス婦人のイザベラ・バード女史。

また、同じく明治時代に来日し、島根県松江市に在住し、「小泉八雲」の日本名を名乗り、松江の地で生涯を終えたラフカディオ・ハーン。

他にも日本生まれで、アメリカの駐日大使を勤めたエドウィン・ライシャワー氏も有名ですね。

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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