2008年09月12日

カラシニコフ自伝 世界一有名な銃を創った男 著者/エレナ・ジョリー, 山本 知子

昨日の続き

【カラシニコフ】 1950年代初頭、私たちは重大な課題に直面した。新たな目標がソ連の銃器設計者たちに対して設定された。スターリンがすべての銃器の規格を統一しようと考えたのだ。当時、ソ連軍は、私のAK47、デグチャレフの軽機関銃、シモノフの半自動カービン銃の3タイプの銃器を装備していた。使われている弾薬は既に統一されていたが、それ以外はバラバラだった。 (中略) 銃器の統一に成功したことで、私は1958年、「国力を増強した」との理由で、政府より「社会主義労働英雄称号」を授与された。 銃器の統一は、2年に及ぶひたむきな日々の研究の成果だ。私たちの工場のブレーンは、若き設計者で構成されたグループだった。私に最も近しい協力者たち、クルーピン、プーシン、クリャクーシン、そしてハリコフは、まだ30歳にもなっていなかった。当時38歳だった私が最年長だった。だが、悲しいことに、プーシンは、おそらく仕事からくる精神的なストレスが原因だったのだろう。早くに亡くなってしまった。 この中で一番長生きしたのがクルーピンだ。だが、彼は2002年秋、イジマシュの工場から帰宅する途中、若者のチンピラ集団に殺された。戦争を生き延び、生涯を祖国の未来に捧げてきた男が、まさにその未来を象徴する存在である若者たちによって殴り殺されたことに、深い憤りを感じた。働きも学びもせず、何事に対しても無関心で、ドラッグに溺れ、そんな風に自分の人生と、そしてときには他人の人生まで台無しにしてしまう若者たちが、たくさん存在することに暗澹たる思いだ。 そうした若者たちとは反対に、私たちは、休暇返上で働き、日曜日や休日も互いの家を行き来して、遂行中のプロジェクトについて意見を交換していたのだ……。私たちは小さな家に住んでいたが、みんなが集まり、いつもわいわいと賑やかだった。当時、私たちの青春は情熱に溢れ、犯罪などほとんど存在しなかった。この時代こそ、私の人生において、最高に幸せな時期だった。 (中略) 当時、ソ連軍のいくつかの部門全体がフルシチョフによる「核兵器至上主義」政策の犠牲となっていた。政府は通常兵器に関連するあらゆる予算を大幅に削減していた。 フルシチョフは権力の座に就くと銃器の生産量を減らすことを決め、工場の従業員たちは退職し始めた。だが、私は自分の突撃銃を改良するアイデアを次々と打ち出し、新しい試作品の製作を継続していた。 ロシアという国は、自国の設計者の能力をつねに正当に評価するとは限らない。そのことが残念でならない。他の国であればどこでも、武器に新しい部品やなんらかの技術革新が加わると、「新しい試作品」を創ろうという話になる。だが、ロシアは違う。改良・開発に値する私の独創的な発明品で、スクラップ処分、改鋳処理にされてしまったものがいったいどれだけあっただろう。捨ててしまうとは、あまりにも愚かな行為だ。だが我が国では、不幸なことに、量産されないモデルは廃棄するというのが慣例だったのだ。私のチームには私の発明品の改鋳処理を担当する熟練工がいた。私が考案し、彼が跡形もなく破壊する。それぞれ自分の仕事をするだけのことだ。 一度、私は彼に訊いたことがある。「うんざりしないか?」 「アイデアを減らしてもらうしかないな。そうすりゃ、こっちの仕事も楽になる!」 こうしてほんの数キロの鋼鉄を回収するために、銃器の歴史はかけがえのない財産を失っていった。 (中略) どこの国でも自国の軍隊に敬意を表さなければならない。だが、現在のロシアではそれすら望めない。私は軍隊を国内の紛争に巻き込む政治家たちを強く非難したい。そしてメディアが連日、軍を非難するのを耳にして心が痛む。人々はさらに、ジューコフ将軍のようなかつての偉大な将軍たちにも非難の矛先を向けている。ジューコフ将軍の役割は、これまで思われていたほど重要ではなかったなどと言っている。事実誤認も甚だしい。 戦争も軍隊もない世界は確かに理想だ。その理想に向けてあらゆる努力がなされなければならない。だが、軍隊なしで、はたして平和を維持することができるのだろうか?とても難しいと私は思う。 私が創り、私の名前を冠した銃は、私の人生や意思とは無関係に独り歩きしてしまった……。もちろん、カラシニコフ銃を手にしたビンラディンの姿をテレビで目にする度に憤りを覚える。だが、私に何ができる? テロリストも正しい選択をしているのだ。一番信頼できる銃を選んだという点においては! 1950年代以後、私の突撃銃は軍内部に出回った。軍の施設に招待されるたび、兵士たちは私に感謝の意を表する。それは私が兵士たちに、彼らを裏切らない銃を贈ったからである。(P145〜P162)

まあ、今回は銃器というミリタリーオタク以外は興味を持てなさそうな本に思えて敬遠される方も多いかもしれませんが、この本は銃器や軍事の話ばかりではなくて、ミハイル・カラシニコフという一人のロシア人の波瀾万丈な人生を軸にしてロシア革命から、第二次世界大戦やスターリン、フルシチョフ、ブレジネフというソ連の為政者たちの東西冷戦時代やペレストロイカ以降のソ連の崩壊と混乱や新生ロシアになってからのロシアの様子などを知るための内容も盛り沢山ですので、ミリタリーオタク、武器オタク以外の方々でも、世界史や国際情勢とか、あるいはロシアそのものに興味を持たれている方々であれば面白く読める本であると思い、今回紹介させていただきました。  〔朝日新書〕



エレナ・ジョリー(聞き書き)
パリ在住の作家・ジャーナリスト。モスクワ生まれ。フランスのアクト・シュド出版においてロシア文学シリーズの監修に務める。著書に『La troisieme mort de Staline』(スターリンの第三の死)などがある。カラシニコフの娘と友人関係であることがきっかけで、本書の執筆に至った。

山本知子(翻訳)
早稲田大学政治経済学部卒。東京大学新聞研究所研究課程修了。フランス語翻訳家。訳書に『ぬりつぶされた真実』(ジャン=シャルル・ブリザール、ギョーム・ダスキエ著、幻冬舎)、『中国の血』(ピエール・アスキ著、文藝春秋)、『誰がダニエル・パールを殺したか?』(ベルナール=アンリ・レヴィ著、NHK出版)など。
posted by 管理人 at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 人文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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