2008年08月30日

世界伝説コレクション 著者/山口 智司

昨日の続き

『最速投手サチェル・ペイジ』

黒人投手が大リーグに入れるようになったのは、1947年のことだ。それ以前、黒人たちは大リーグとは別のニグロリーグでプレイしていた。しかし、そんな差別を受けながらも大活躍した選手はもちろんいる。 サチェル・ペイジもその中の1人だ。 彼は軽く160キロ以上の直球を投げ、生涯に2500試合以上に登板。2000勝以上を挙げ、55試合でノーヒットノーランを達成したと伝えられている。 ペイジは球が速いだけではない。コントロールも抜群だった。ニグロリーグでは試合前にアトラクションが行われていたのだが、そこでペイジはこんなことをやってのける。 マウンドから球を投げ、ホームベース上に並んだマッチ箱を倒していくのだ。針の穴を通すコントロールとはこのことだろう。 ペイジはこんな伝説を残している。 彼は投球するとき、わざと内野、外野の守備を引き上げさせたのだ。つまり「守備0」の状態である。バットにボールが当たるだけでもれなく長打になる。そのような状況にして、バッターと勝負を行ったというのだから、まるでマンガだ。 1930年には大リーグ選抜を相手に22奪三振を記録し、完封勝利を達成する。 時は流れ、黒人が大リーグに入れる時代になった。 ペイジがインディアンズに入団したのは、実に42歳の時。史上最年長の新人投手である。そんな年になってからも……と思う人も多いだろうが、ペイジはその後、59歳まで現役で投げ続けた。(P21・P22)

明日へ続く

posted by 管理人 at 07:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
宜しければクリックを、人気blogランキングへ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。