2008年07月17日

北朝鮮利権の真相 著者/野村 旗守

昨日の続き

【金丸父子から野中&古賀&へ委譲?〜「砂利」ほどボロい商売はない】(野村旗守/ジャーナリスト)
『川砂利は儲かる』
海底油田、カジノ付き巨大ホテル建設、経済特区開発……。雲を掴むような話ばかりの北朝鮮利権にあって、もっとも具体的で、実効性を伴った儲け話は、「砂利」に関する利権であろう。しかし、その実態は茫漠としていて、いまもってはっきりとしていない。 北朝鮮の砂利利権の話が持ち上がったのも、やはり、1990年の金丸訪朝団からだった。 高度経済成長、バブルの建設ラッシュを経て、当時、日本の建設業界は極度の砂不足に悩んでいた。それも、生コンに混ぜるコンクリート用の川砂や山砂、とくに良質の川砂不足が深刻だった通産省(山口注:現在の経済産業省)の統計によれば、日本国内の川砂利の産出量は、73年には1億1000万トンあったのが、20年後の93年には4300万トンと半分以下に激減している。 塩分を含まない川砂利を砕いて造った砂は貴重品となり、したがってコストが割高になったため、やがて洗浄した海砂が生コンに使用されるようになる。しかし、どれほど丁寧に洗浄したところで、塩分を完全に洗い落とすというのは困難な作業らしい。海砂混じりのコンクリートで建設されたビルは数年経つとヒビ割れが入ることがわかり、建築資材としてはB級品の烙印を押されてしまった。そこで白羽の矢が立ったのが、北朝鮮の豊富な川砂利資源である。 写真集撮影のための付き添いで、平壌から北朝鮮の霊峰・白頭山の麓の町である三池淵(サムチヨン)までヘリコプターに乗って移動した経験をもつレインボー通商の宮川淳代表は、上空から見た北朝鮮の川砂利資源の豊富さに驚いたという。 (中略) ここに眼をつけたねが、建設族でもあった金丸信と、その次男で秘書を務めた信吾だったといわれる。 北朝鮮問題に詳しいある全国紙記者は、当時をこう述懐する。 「金丸親子はホテル建設など、設備投資が必要な利権話にはいっさい興味を示しませんでした。彼らが食指を動かしたのは川砂利と、それからカマボコの原料になるスケトウダラの輸入など、単純にすぐカネになる話だけです。川砂利利権の陰で動いた人物として当時名前が挙がったのが、金剛山グループのマダム朴、新日本産業の吉田猛らでした」 マダム朴は在米の韓国人女性実業家で、北朝鮮の最高実力者である金日成・正日親子と強力なコネクションを持ち、この当時、北朝鮮の対日経済交渉を一任されていたといわれる。このマダム朴が「川砂利は儲かる」と、金丸事務所に話を持ちかけた、というのが当時の永田町で定説となっていた。また、マダム朴は91年5月、民間初の日朝直行便を飛ばすことにも成功しているが、この第一便には金丸信吾のほか、大阪の砕石会社・大阪砕石工業所幹部、そして新日本産業の吉田猛と、北朝鮮川砂利利権に関わった初期の重要メンバーがオールキャストで乗り込んでいた。(P119〜P122)

明日へ続く



posted by 管理人 at 07:00| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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