昨日の続き
『京都とのつながり[那覇]』
1月19日。午前11時頃に那覇の公設市場に着いた。那覇の市場は、戦後まもない1947(昭和22)年のヤミ市に始まり、今では沖縄で最大規模を誇る。牧志の二つの公設市場を中心に、周囲の路地や商店街にぎっしりと店が連なる。店の数は1000軒を越えるらしい。衣類・惣菜・野菜・乾物・金物・薬品をはじめとして、生活に必要な物は何でも揃うほどだ。 (中略) コンニャクを売るオバーがいたので、沖縄に来てから不思議に思っていたことを質問した。 「沖縄では板コンニャクも糸コンニャクも白滝もみんな灰色ですけど、どうしてですか?」 「ウチナー(沖縄)ではコンニャク芋が採れないさ。コンニャクの粉を内地(本土)やインドネシアから輸入しているから、みんな同じ色なんさ」 コンニャクは、皮を剥いてから製粉すると白くなり、皮が付いたままだと灰色になる。黒いのは海藻を加えた物。また、「いなむるち」という商品名の短冊状のコンニャクもよく見かける。これは、脂身の多い豚肉とコンニャクとカマボコをすべて短冊状に切って白味噌仕立ての汁にしたイナムドゥチという琉球の宮廷料理から来ている。この料理が一般家庭で作られるようになったために、切る手間を省いたコンニャクが売られているのである。 西京味噌は意外に多く使われていた。ラフテー(豚肉の角煮)にも隠し味で入れることがあり、ホウレンソウの味噌和えなどにも欠かせない。沖縄では赤い米味噌が一般的だが、西京味噌の普及に、琉球王府と京都の宮廷との繋がりの一端が感じられた。 地元の仲里さんの案内で、公設市場のカマボコ屋を訪ねた。1926(昭和元)年に創業した老舗の「ジランバ屋」だ。チキアギ(山口注:沖縄の揚げカマボコのこと)がどれだか教えてもらうと、名護で見たように長方形で大きめだった。またチキアギは、昔からゴボウの部分が少し盛り上がって見えた。これは、八重山や沖縄本島で「宮古風カマボコ」として売られている形に近い。 市場内では「チキアギー・ツキアゲ・ツケアゲ・つけあげ」などの表記が混在していたが、呼び方はチキアギが正解のようである。チキアギの語源を尋ねたが、誰もわからなかった。琉球語でも説明がつかないようで、外部から入った言葉なのかもしれない。やはり、鹿児島の「つけあげ」が訛って変化したのだろうか。 (中略) 僕には、沖縄で最も古い揚げカマボコとされるチキアギが、北海道のマフラーの姿と重なって見えた。長崎にも巨大テンプラがあったようなので、どこかで繋がっていることはまちがいない。八重山のカマボコ作りが本島から伝わったことを考えると、スーパーで見る「宮古風カマボコ」も同じ系統にあるといえる。 この大きな揚げカマボコの発祥地は、はたしてどこか。実は。江戸中期頃までの板付きカマボコは長方形の平べったい物で、焼いて仕上げられていた。その後、蒸す方法が考案されて、上方では蒸した後に焼いて売り、江戸では蒸したまま売られた。焼いたカマボコが上方で好まれたのは、海沿いの産地から運ぶ距離が長く、腐敗しやすかったからである。気温が高い沖縄では、カマボコは蒸したあとに揚げることが多い。平べったいカマボコが上方から伝来し、それが揚げられるようになったのかもしれない。 西京味噌の普及に京都との繋がりを感じた僕は、他に共通する物がないか思いを巡らせてみた。そこで浮かんだのが「油揚げ」である。京都の油揚げは驚くほど巨大で、大きい物で幅約12センチ、25〜30センチもある。使われる材料が豆腐と魚と違うと言いつつも、ものの、北海道のマフラーや沖縄のチキアギにも酷似する。さらに、石垣島にも巨大な油揚げが存在することがわかった。幅が12〜15センチ、長さが24センチほどの大きさで、地元では「薄揚げ」や「京揚げ」と呼んでいるそうだ。この呼び名も京都と全く同じである。 八重山諸島では、お盆や法事には必ず精進料理を供える。豚肉料理が中心の沖縄のなかで特殊な地域といえる。周知のとおり、精進料理は京都を中心に発展した。平べったいカマボコと大きく薄く揚げる技術が京都から八重山に伝わり、そこで巨大なテンプラが生まれたと考えても、おかしくないはずだ。(後半略:P302〜P306)
おでんといえば、赤塚不二夫氏の漫画『おそ松くん』で登場人物の一人であるチビ太が串刺しおでんを持っていましたよね。コンニャク・がんもどき・なるとを刺していたあれです。その漫画を見た子供の頃の私は、なぜチビ太のような子供がいつもおでんを手にしているのか理解できませんでした。前書きでも書いたように、おでんとは、お父さんたちが仕事帰りに屋台で一杯飲むときのオツマミだというイメージだったのです。
その後、上京してから職場の先輩や上司から昔の駄菓子屋には、おでんが売られていたということを聞かされて驚きました。我が故郷の町にも一応駄菓子屋はありましたが、おでんは置いていなかったために、「さすが東京は違うなぁ〜」なんて変な具合に感心したものでした(笑)。 〔光文社・知恵の森文庫〕
新井 由己(あらい・よしみ)
1965年、神奈川県藤沢市生まれ。1991年からアウトドア雑誌などで文章を書き始める。1993年から2年間、タクシー運転手。1997年「芝居小屋から飛び出した人形師」で「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」佳作入選。1999年、本書にて作家デビュー。 「とことん」な旅の姿勢が各界から賞賛を呼ぶ。農業実践のために新潟県松之山町に移住。その後、おでんをはじめ、食と旅をテーマにした執筆・撮影を続けている。著書に『とことん亭のおいしいおでん』(凱風社)、『だもんで静岡おでん』(静岡新聞社)。 Web『おでん博物館』館長。
2008年07月12日
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